「これは少しだけ先の話である」

スーパーマーケットになったアプリストア

2027年のアプリストアは、同じような棚が続くスーパーマーケットになった。

TODOアプリ、カレンダーアプリ、写真アプリ——企業が何ヶ月もかけて作っていたものを、誰しもが数時間で作れるようになった。

きっかけは2026年の初頭、AIエージェントが誰でも使えるようになったことだった。コードを一行も書いたことがない人が、思いつきでアプリを作り、その日のうちにアプリストアの審査に出せる。そんなことが当たり前になるまで一瞬であった。

正直に言えば、どのアプリもそこそこ良くできていた。UIには作った人の好みがちゃんと出ていて、細かいところに「ああ、この人はこういうのが好きなんだな」というのが見える。ある人のカレンダーアプリは予定を花に見立てていたし、別の人のTODOアプリは終わったタスクが夜空の星になった。

新しいものは何も生まれていない

でも、どれも少しだけ自分好みに仕立て直したものだった。

みんなが作れるようになったのに、新しいものは何も生まれていない。AIは既存の正解をきれいになぞるのが得意で、人々はその「自分バージョン」を手に入れて満足した。

棚には似たような商品が増え続け、誰のアプリも誰かのアプリに埋もれていった。

白石凛のカレンダーアプリ

流れが変わったのは、2027年の初頭だった。

アイドルグループ「XXX」のセンター、白石凛(仮名)がカレンダーアプリをリリースした。ニュースが出た瞬間、ストアのランキングが動いた。一日で三万ダウンロード。一週間で十二万。

中身はごく普通のカレンダーアプリだった。予定を入れて、通知が来て、色分けができる。ストアに何千とあるカレンダーアプリと、できることは変わらない。

でも人々は、白石凛(仮名)のカレンダーに予定を書き込みたがった。

彼女がやったことはひとつだけだ。AIエージェントに「私のカレンダーアプリがほしい」と声を発した、それだけである。たった一言で、白石凛(仮名)はそのアプリの「作った人」になった。

技術的な判断も、デザインの工夫もない。ただ名前がそこにあるという事実だけが、何千もの無名のアプリとの、たったひとつの、でも決定的な違いだった。

アプリストアはグッズ売り場になった

すぐに続く者が現れた。俳優がメモアプリを出し、インフルエンサーが家計簿アプリを出し、元プロ野球選手がトレーニング記録アプリを出した。どれも初日から万単位のダウンロードを記録した。

そして、ファンたちはそれを自然に受け入れた。

推しのライブに行く。推しのグッズを買う。推しのアプリを使う。それだけのことだった。アプリを入れることは、アクリルスタンドを棚に飾るのと同じ感覚で「推し活」のひとつに組み込まれた。

推しが作ったTODOアプリでタスクを管理し、推しが作ったカレンダーにライブの日程を書き込む。機能ではなく、「推しが関わったものを日常に置いておきたい」という気持ちが、ダウンロードのボタンを押させるのであった。

アプリストアはいつの間にか、グッズ売り場の延長になっていた。

3ダウンロード

ある夜、名前を知られていない一人の男が、自分のカレンダーアプリのダウンロード数を見ていた。3ダウンロード。白石凛(仮名)のアプリが十二万を超えた、同じ月の数字だ。

彼のアプリのほうが出来はよかった。使えばわかる。比べれば誰でもわかる。エンジニアとしての魂が込められていたのだ。

でも、比べる人がいなかった。

誰もが何でも作れる時代に、「何を作ったか」はもう意味を持たない。技術も、工夫も、こだわりも、すべてをAIが均してしまった。残ったのは、もっと単純な話だった。

「——それ、誰が作ったの?」

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